霊能師との出会い



25歳のときでした。

霊能師という仕事をしている人のところに

会いに行きました。

そんな人間の存在など

信じていなさそうに見えた母からの勧めでした。

それでも言いました。

「あなた、ちょっと行ってみない?」


母はその霊能師の存在を

伯母(母の姉)を通じて知ったとのことでした。

伯母もどなたかを通じて知ったようでした。

他の叔母(母の妹)も彼の存在を知り、

結局のところ、母を含めた姉妹三人が、

みんな同じ目的 – 自分の娘の縁談についての相談 – で

その霊能師の元を訪ねたようでした。

今でいうスピリチュアル・アドバザー

英語で言えばサイキック・リーダー

のようなお仕事です。



自宅にしか見えない彼の仕事場(?)は

東京麻布の狸穴町(まみあなちょう)にありました。

地名をとって

母は勝手に「マミアナさん」と呼んでいました。

真実かどうか定かではありませんが、

三木さん・田中さん・大平さん・福田さん・中曽根さんなど、

当時の歴代総理大臣へのアドバイスをしてきた人・・・

そう母は聞いたと申しておりました。

姉や従姉妹の縁談について

1986年頃マミアナさんが明言したことが、

次々と実現して行ったことは、

時間の経過とともに明らかになって行きました。

そう・・・私自身のことも含めて・・・。




あなたのことも一応聞いてきたのだけれど。

と母は私に言いました。

なんと『・・・・・・』と言われたのよ。
  是非、自分で直接行って視てもらって来たら?」

一回五千円だとのこと・・・。

私は極端なほど

倹約を友とするような性質だったのですが、

それでもこのときは

「行かなきゃいけない。」

そんな不思議な感覚に包まれたのです。




古風な日本家屋風の邸宅でした。

横開きの玄関ドア
(こういうのは『格子戸』っていうんでしたね)

をスライドし、中に入りました。

格子戸

かなり離れた奥の部屋から

「どうぞ。」

という声が玄関まで届きました。

松本清張さんのような雰囲気のある、

強烈な存在感を醸し出す和服姿の老紳士

テーブルの向こう側に腰掛けていました。



椅子に掛けるよう促されました。

一枚の紙とペンが手渡されました。

そこに氏名生年月日を書くように言われました。

どんなことを知りたい(占いたい)のかを尋ねられました。

こんな凄(すご)そうな人のところに足を運んでおきながら

質問事項も準備していなかったことに

ハタと気づきました。

結婚について聞きたい気持ちは山々でしたが

何をどう聞いて良いのやら・・・。


グズグズしている私に

彼はもう一枚、紙を差し出しました。

何と言われたのかハッキリは思い出せませんが、

マミアナさんに上手く誘導されたのでしょう、

4人の男性の名前と生年月日を

気づけば書き終えていました。



じろっと下からこちらを覗き込むような

そんな角度の視線で

マミアナさんは時折私の顔を見つめました。

「この男性は◯◯◯◯◯◯◯◯◯。
 この男性も◯◯◯◯◯◯◯◯◯。
 この男性は、なかなかの男だけれど、
 あなたとはご縁がない。
 この男性も◯◯◯◯◯◯◯◯◯。」



(こんなにもシンプルに人としての値打ちのようなものを
 断定的に言い切るんだ・・・。)


初対面の私の何もかもを知っているような、

この先で私に起こる未来を

まるで見てきたかのような物言いは、

私をいっとき無重力空間に連れて行くような

そんな不思議な力を放っていました。


ぼーっとしながら聞いていると、

ミステリアスの極みのようなその老紳士は、

いきなりあまりにも現実的なことを口にしたのです。

「今は結婚紹介所というものがあります。
 この近くにも明治記念館
 という紹介所もあるほどです。
 できたら今日でも帰りに寄って
 そういうところに
 名前を登録すると良いでしょう。」



(結婚紹介所?)

今でいう婚活ということでしょうか?

急に気持ちが《がっかりバージョン》

になったのを覚えています。

当時はまだ、そのようなものがあることさえ

知らない人も多かった時代です。

あのときの私のように・・・。

「随分と夢のないことを言われちゃった・・・」

そのアドバイスは《まだ若い》

"と思っていた" 当時の自分を

とてもがっかりさせました。

そのため、結婚紹介所のことは

無意識の内に記憶から外してしまいました。

日本の邸宅


ところが・・・

約3年後に自分の夫になっていたのは

結婚紹介所を通して知り合った男性でした。

アドバイスされた通りの行動を

結果的に取っていたのです。

その時点では望んでいないことも

意識から完全に外してしまうと

自分の元を離れ

却って宇宙まで届きやすくなるというのが

真実だということが

この一件からも再認識されました。




マミアナさんを訪ねた翌年、

私は26歳になっていました。

結婚しそうな気配のない娘に

親の気持ちの方が早るのは

よくあることかもしれません。

大正生まれ、九州育ちの母でした。

そんな母に「33歳で結婚する。」

などといい加減なことをうっかり口走ったときです。

「私を安心させると思って
 せめて名前だけでも登録して・・・。」


「結婚紹介所?」

(不自然な出会いにもほどがある・・・)

とにかく、そんな気持ちが身体中に広がりました。

母とはとても仲が良く、

深く信頼もされていると感じていました。

ただ、2人の価値観には

大きく隔たりがありました。

「親の意見を見事に却下した。」

と感じさせるのも不本意だったので、

決断・決定を要するような事柄については

事後報告をしていました。

あからさまに嫌な顔もできません。

その話からはやんわりと逃げ続けていました。

ですが、

この時ばかりは何故か母はいつになく

決して簡単には諦めませんでした。

その熱意に根負けし、

結局、

結婚紹介所に名前を登録

したのでした。

同じことをマミアナさんから

先んじて勧められていたことは

どういう訳か、まったく意識から消えていました。




先方から連絡が入っても気持ちが進まず、

あまり足も運べずにいました。

それなのに

ああ、それなのに、それなのに・・・

頑ななまで恋愛結婚に拘る私を

まるであざ笑うかのように

そんなことにはなりっこないはずだったのに、

気付くと、

そこからの紹介で出会った相手を

本気で好きになっていました。

なんと6ヶ月後には挙式をしていました。

そこを通して出会った男性は3人でしたが

3人目には彼と出会ってしまったのでした。

繰り返しになりますが、

マミアナさんに言われた通りの道のりを経て

結婚に至ったことは

ものの見事に忘れ去っていました。

結婚3年が過ぎた或る日、突然思い出しました。

「そういえばマミアナさんから
 ハッキリとそう言われたんだ、あの時・・・。」





《結婚紹介所》

その存在をまるで否定的にしか

捉えることのできなかった当時の私でした。

「彼とはどこで出会ったの?」

そう聞かれても

「うん、お見合い "みたい" な感じで・・・。」

当時の私はそんな曖昧な答えをして

あとは下を向いていました。

「婚活したの!」

今後は、そんな風に誇らしく言える男女が

ますます増えていくのではないでしょうか。

「あのとき登録しに行かなかったら

この世で子供たちとも出会えなかった。」

こうした発想は、

真の科学への理解不足がもたらす

本末転倒な幻想なのかもしれません。



結婚紹介所に登録する人生の流れも

あの子たちが我が子となることも

それぞれの人生にプログラムされていたこと・・・

そんな気がしています。


人や出来事、

その他のすべての出会いが

私自身が引き寄せているような気がしてなりません。



ご縁は思いも寄らぬところに

隠れているかもしれません。

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コメント

非公開コメント

こんばんは^^

いやぁ、ビックリしました。
結婚紹介所で旦那様と出会われたのですね!

占い師さんの言ったとおりに
なったのですね!

Re: こんばんは^^

坊主おじさま、おはようございます。

そうなんです。
私が一番びっくりしました。
一番びっくりしたのは
結婚3年後に、その占い師さんに言われたことを
夕飯後にいきなり思い出したときでした。
人生いろいろありますね。