ある漢方医(&足裏療法師)S先生の治療法とは



Time for Change

不思議なご縁を感じているお方より

前回のブログ記事についてご質問をいただきました。

ハンドルネームを《坊主おじさん》とおっしゃいます。



今日までお互いのブログのコメント欄で

ささやかな交流を

心より楽しませていただいてきました。

私は “坊主おじさま” とお呼びしています。

私に力を与えてくださる方のお一人です。




坊主おじさまのご質問に

きちんとお答えをすることが

とても重要だと感じました。

そういう気持ちにならないではいられない、

まっすぐ な内容のご質問でした。




そのため、今日のブログは

頂戴しましたコメントに

私もまっすぐに向き合う形で

書き進めさせていただくことにしました。



このようなコメントでした。


S先生は、すごい方なんですね。

質問ですが、S先生は
どのような方法で診断されていましたか?

問診の他に
たとえば、脈を診るとか
しておられましたでしょうか?

S先生の治療法がそこまで
効果のある方法であるなら
謙虚に真剣に
西洋医学のお医者様達も
素直にS先生にお願いして
研究し学んでいけばいいのに・・・
と思いました。



坊主おじさま、

素晴らしいコメントを

ほんとうにありがとうございました。

謹んで 御礼申し上げます。




最後の一節で

坊主おじさまが思われたことは

長年来の私の思いとまさに重なるものです。                                




S先生とのおつきあいも15年になります。

プロとしての彼が有する

知識と技術と経験

を、出来うる限り彼から “直接的に” 学んで行く

主役となるべき人々は

「・・・西洋医学のお医者様・・・」

ではない方が良いかとは思います。

(理由は後述します)

ですが、

S先生やS先生のような方々

(慢性疾患の根治療法ということでいえば

現時点でS先生ほど実績を重ねた療法家の方に

私は直接お会いしたことはありませんが)

にお願いして

“謙虚に真剣に

西洋医学のドクター達も

素直に研究し学んでいけばいい”


ほんとうにその通りだと思います。




ですが、

「治る医療を実践し、現に成果を上げている療法家から

ダイレクトに学びを受けるのに適任な人とは?」

と問われたら、

「以下に該当する人であれば誰だってOK」

と、私でしたら答えるでしょう。


(1)心身の不調に悩む人々の健康状態を
   本気で改善したいという志がある人
    (←これが一番大事!)

(2)体力にそれなりに(or とても)
   自信がある人

(3)長生きしてくれそうな年齢である人
   (寿命は人それぞれなので、
   (1)(2)があれば
   シニアでも大丈夫?!)


   そして、これは、おまけのようで、
   でも、一番大切なことだと思っています。

(4)病気を抱えた自分の患者に
   病気だということを  
   うっかり忘れさせるのが上手な人!
   
   つまり
   
   自分自身が基本的にハッピーな
   ハートをしている人!
   感謝の心に溢れている人!
   自分で自分を幸福にする力は
   すでに持っている人!
   
   そして・・・

   こんな言葉を聞いたとき、
   嫌な気持ちにならない人!
   (自分が幸せなら
    元気じゃない人のことも
    幸せにできそうだから)    

 
        Happy♡



21世紀は、そんな治療家が

多くの病める患者さんを

元気にして行く時代になるのではないか・・・

私にはそんな風に思えて仕方ありません。




「病人から病人意識を忘れさせる」だなんて

そんなこと、かつては考えたこともありませんでした。



いまだに、

病人意識が知らない間にどこかへ消えて

気づけば病気が無くなっていた・・・

そんなあのときのことを

不思議だな〜と思っています。



「自分がなぜ治ったか?」

という理由を考えれば考えるほど

実は答えがわからなくなってしまい、

「まあ、治ったんだからいいや。」

で、片付けてしまっていました。



宇宙の真の科学が自分の身体に作用するのは

考えてみれば当たり前のことなのに、

当たり前のことを

当たり前に起こすことがとても下手だったばっかりに

あれもこれも学ばせられる羽目になった

ということなのかもしれません。



「病気のとき病人意識を忘れろ」だなんて

症状が過激な時など

それこそ「ふざけるなーーー!」ですよね。



病気で苦しんでいるときに

元気な誰かからそんなことを要求されたら

誰でも反発したくなると思います。



だから

さりげなく

患者に病気であることを忘れさせてしまえる人は

それだけで天才療法家と呼ばれるに値するのでは?

そんな風にさえ思えるのです。

私だって、

自分自身に対しては出来たけれど

《誰か他の人に向けて》

自分がそんなことができるとは

決して思っていません。




「意識の物質化〜アトピー性皮膚炎からの解放」で    

意識の物質化のことについて触れました。

「肯定文でも否定文でも
 ポジティブでもネガティブでも
 意識していることを物質化してくれてしまうのが
 宇宙が忠実にやってくれることのようです。」


と書きました。

宇宙はとにかく私たちに親切なんです。



「病気が治りますように!」

そう願うことは、あなたが相変わらず

病気を意識していることを意味します。

宇宙はあなたが意識したいことは

意識させ続けてくれます。

あなたの意識を

とことん尊重してくれるのです。




代わりに、元気になった自分

を意識している時間を増やせば

1日は24時間しかないので

病気のことを意識している時間は

減らざるをえません。

意識が物質化する余地を

与えずに過ごしていることになります。




「この人のブログには付き合いきれない。」

そう感じてここから退散される方も

あるかもわかりません。

でも、

くじけずに正直に

書いて行きたいと思います。




では、ここからは謹んで

坊主おじさまのご質問に回答して行きたいと思います。



1) どのような方法で診断されていましたか?

S先生の診断法の主役は

《足裏のツボの総チェック》となります。

リフレクソロジー

多くの方がご存知と思いますが

足のツボというのは(手や耳にもツボはありますが)

臓器や身体の特定の箇所と繋がっていて

足裏のどの部分にどの程度の《凝り(こり)》があるかで

身体のどこに問題が生じているのか、

どの程度悪いのかを《知る》ことのできる場所

すなわち、

身体の状態を語る情報発信ポイント

と言えるものです。


足裏地図



約20年前に、西洋医学の基礎知識と

東洋医学&東洋医療を勉強したことがありました。



当時はまだ、日本に於ける足裏ツボ療法

(リフレクソロジー)

認知度の浅い分野でした。

足反射区なんて名前で

呼んだりもしていたようでした。



近年では、温泉地などに行くと

こんなものとか

竹踏み

こんなものとか

足つぼ器

といった、ツボを刺激するタイプの様々なものが

さりげなく(堂々と?)置いてあるところが

ずいぶん増えてきました。




電気で動くマッサージチェアフットローラー も

結構置いてあったりしますよね。

マッサージチェア

S先生の待合室にも

マッサージチェアー や フットローラー(足裏マッサージ機)

が置いてあります。




リフレクソロジーをメインにして

患者さんの健康回復のお手伝いに

かなりの効果を上げておられる療法士の方も

昨今では結構おられるのではないでしょうか?




もともとは漢方薬鍼灸師

両方の資格を持つS先生でした。

足裏ツボ療法の診断の的確さと

治療効果の高さを痛感され、

鍼(はり)療法

もう30年(?)近くも前に

やめてしまったそうです。




彼は足裏のツボを触ることで、

西洋医学の医者が知ったら

ただただショックを受けるほどの的確さで、

みごとにスパッと診断を下します。




少し経験を積めば

“コリの有る無し”くらいは

けっこう誰にでもわかるようになります。

ですが、

S先生のわかり方の正確さ

桁外れです。

足を実際に触ってもらった医者をして

《神の領域》

と言わしめるほどの診断力です。

医者ならずとも《脱帽》以外にありません。




どこが悪いかをチェックした後は

その患者が何回の足裏治療

“プラス / または”

どの漢方をどのくらい服用すれば

治療が完結するかを

初診の日 に患者に明言します。



ここでまた、次のような夫のおきまりのセリフが

聞こえて来ることになります。



足ツボのチェック以外にも

顔色を見たり

目の色を見たりetc.・・・

(←患者の不調を読み取る小技(こわざ)は

S先生には奥の手がたくさんあります)

そんなあれやこれやを

初回にちょっと行っただけで、

その患者のどこがどれだけ悪いかを的確に診断し、

トータルで何回足裏治療を受ければ

大体どのくらいの量の漢方薬を飲めば

治療完了となるのかを

「初診で明言できる医者が
一体どこにいるって言うんだーーっ!」





坊主おじさまのご質問の2番目に移ります。


2)問診の他に たとえば、脈を診るとか
  しておられましたでしょうか?



先生はも診ます。

でも、これはたま〜にです。

それが必要と判断した相手にだけです。


すでに記した他にも

体温・体臭・姿勢・むくみなんかも

ひそかに診ておられたりします。

これも、足のツボチェックと異なり、

全員に対して一律にはやりません。


カラダが発している

ありとあらゆるインフォメーションを

必要に応じてキャッチされます。

患者の「元気さ加減」(エネルギー量)は、

とても重要視します。




“足裏、足裏” と表現してきましたが、

足の側面や足の甲や三陰交(赤いのところ)

三陰交

はもちろん、

を動かしたり

四十肩五十肩で来院した患者には

奇声を上げるのを尻目に

肩ごと腕を旋回させ

速攻で痛みを取り除いたりもたまにします。


つまり、足裏以外の場所を

施術で治してしまう隠し技も

あれこれと持っておられます。




ほんの一部ですが

びっくりしたエピソードをご紹介します。




家族におんぶされて

這々(ほうほう)の体(てい)で

クリニックにたどり着いた

歩行困難だった患者さんが

わずか1回のツボ治療で

腕を振って元気にスタスタ歩いて

治療院から帰っていく姿を見たことがあります。




妊娠検査薬にすら

まだ陽性反応の出ていない女性の

足のツボに触れただけで、

命の芽生えたばかりの

お腹の子の性別を言い当てます。




運転中に後ろから追突されたときには

もしそのときは何ともなくても、

直後にS先生のところに行き

首のツボをほぐしてもらっておけば

近い将来、ムチウチの症状に

悩まされずに済みます。

(ご存知のように“ムチウチ”というのは

しばらく時間が経ってから

急に症状として現れたりするものです)




「この人はまだ助かる見込みがあるか?」

をS先生が判断する決め手となるツボが

足の甲の側にあります。

「私のクリニック来たとき

もうあの人、遅かった。

かわいそう・・・。

もうちょっと早かったら・・・。」

とS先生が言うので

「どうしてもうダメだって

わかったんですか?」

と尋ねると、

「あのツボを触ったら

もう神経が切れちゃってたから・・・。」

そんな答えが返ってきました。

命の火を燃やすことが可能かどうか

ツボを触って確認されます。

その方は翌日にお亡くなりになったそうです。




S先生のサービス精神を上げだしたら

他のことが書けなくなるので

今日のところはスキップします。



ただ、治療に関することで

ほんの一部を今日はご紹介します。




タダでツボの押し方や押す場所を患者に教えたりもします。

「教えるから家で自分で勝手にやって!」


それほど病状が深刻ではない患者さんには

そう言いながら

「私に足やってもらわないで済んだら
あなた、わたしにお金払わなくて済む。」

なんて言ったりもします。



また、

「フットローラーを買えば自分でやれる。」

と言い、

仕入れ値とほぼ同じ、儲(もう)けなしの値段で

オススメのフットローラーを

買わせてくれたりたりもします。

うちはこれ、2台も持っています。

Foot Roller

クリニックに置いているのもこれです。

非常に効率的に

しっかりとツボに当たるという点で

大変優れたフットローラーだそうですが

あらゆる場所にうまく当たるように

確かに作られていると思います。

夫はフットローラーの信者の1人と言えます。

これに、側面の当たりにくい場所は

どのように足を当てると上手く当たるか、

S先生は実演で教えてくれます。



「ゴルフボールを足の裏でコロコロ転がして!」

そんな、結構いい加減に聞こえるようなことも

“節約バージョン” として

教えてくれちゃったりもします。



フットローラーを持っていなかった当初、

夫は唯一の弱点だったを、

ゴルフボール1つで

あっという間に良くしてしまいました。



かなり熱心にやったので

当該つぼ(胃のツボ)の部分の皮膚は

なんと爪と同じ硬さになりました。

胃に相当するツボだけが

爪と同じ硬さになるほど

“凝(こ)っていた”

ということを意味します。




「この患者さん、
カラダからもっと毒出すいいから
(もっと毒を出すことが必要だから)
チャイニーズ・マーケットに
良い “クサ(草=野菜)” あるから
次は、それ、スープにして飲んでもらう。
それ、今度、買って来る。」


そんな変化球も大有りです。



家で足湯をするよう勧めることもあります。

足湯



暇を見つけて、自分の手でツボをあちこち押すことが

健康維持&促進のためのもっとも賢い習慣

かつ最高の節約バージョンだと

いつも患者さんに話しておられます。




ツボ押しについては

“自分自身でやる気満々” の患者には

「時間あるとき、
いつでもどこでもできるから
自分でやるのが一番!」
と言い、

「夫に押してもらうわ。」という奥様には

「自分でやると、痛いところは押さない
(当該ツボは、多くの場合押すと飛び上がるほど痛いので)から、
 パートナーに押してもらうが一番!」

と言ったりします。

相手に良いことを実行させるのに
最も負担の掛からなさそうなことば
 

         が

無意識的に口から飛び出すといった感じです。



S先生のこうしたお見事な柔軟性を

「言っていることに矛盾がある」とか

「いい加減だ」とかと

“理詰めの揚げ足取り” でしか受け取れないほど

あなたの中に潜む権威主義が強烈である内は、

まだS先生に掛かる精神的準備ができていないと

自覚をすることが《お互いのため》だと思います。

治せる治療家にも迷惑が掛かります。




患者にとっての最後の砦となる療法家は

医者と患者の間で行われるような、

いかにも専門家から素人に対して

一方的に宣告する

ような話し方にはなりません。

治療する側は

患者と本音で触れ合い

言葉を交わし

クリニックは情報交換の場となります。

おかげで彼らは更に経験量を増やし、

着実にを上げて行きます。



時間の経過とともに

治すことのできる病気も増え、

治し方もスピードアップして行きます。



長年病院から処方され続けた

薬による依存(禁断症状)から脱出するのに

より楽な方法を患者に提示する知恵も

年々進化してきていると感じます。

「前は〇〇(疾患名)は治すの難しかった。
でも、今はそれ、私、治せるようになった。
よかった!」


そういえば、そんなことも言っておられました。




S先生が漢方薬を取り寄せているのは

主として台湾にある漢方薬の会社からです。

S先生はその会社に

調合のアドバイスをしています。

彼の処方する漢方薬は

彼自身の助言に基づいて、

より効果の高い調合がなされます。

時の経過と共に効き目が上がって行きます。




「同じ名前の漢方薬でも
こんなにも成分や原料が違うんだ!」


ある日

私の父に服用させるために

夫が漢方成分を念入りに調べていたとき

そんなことを言いました。

あんなに違うとは知らなかったので、

私もびっくりしました。



原料そのものが既にすごく違っていたりします。

原料の産地が違えば

当然ながら効果だって異なります。

「だからあの漢方はあんなに効くんだ!」

2人して「う〜ん」と納得しました。




こんなことも言われました。

「この人参敗毒散(風邪薬の一種です)
私、2つの漢方薬の会社から買ってる。
こっち(台湾の方)はすごく効く。
でも、こっち(アメリカの方)はあんまり効かない。」





まだ米国に滞在していた当時は

S先生との関わりを通して

体験したエピソードを夫にシェアするたびに

彼は声を震わせながら

同じことばかりを言っていました。

「西洋医学は
一体何をやっているんだ・・・。」




ある日、彼は運転中に

後ろから追突されたことがありました。

その直後、当該ツボを触ってみると

凝(こ)りがしっかりと発生したことも自分で確認し

衝撃を受けていました。




私たちのカラダというものが

いかに精巧につくられているかということを、

いかに正確な情報を

オンタイムで発信してくれているかということを、

ただただ痛感するばかりです。



私たちの身体の仕組みというのは

《底なしに親切》

という以外に表現のしようがありません。

私たちは、その仕組みに

ただ気付きさえすればいいだけのことなのです。




坊主おじさまのご質問の中にある

問診 についても、

S先生のそれは私たちが思うそれとは

かなり異なるイメージです。




極端な話、S先生と患者との間に

まともな会話が成立しなくても、

つまり、問診のようなことが

十分に行われなくても、

主に足を触ることで

先生は患者の抱える問題が

把握ができてしまいます。



先生の手によって為される

足ツボの総チェック

という診断法を以ってすれば

問診や病院がする検査の類がなくても

病状がわかってしまうということです。



さまざまな国の言葉の飛び交う西海岸です。

言語のことを考えると

これは本当に患者にとっては

ありがたい以外の何物でもありません。




「どこが悪いのか?」という

そもそもの診断ですら、

医者である夫が

かつて卒倒しそうになったこともあるほど、

《誤診が常識》

にさえなってしまっている病気が

西洋医学にはあったりします。
(詳細は、別の機会に必ず書きます)



「現在までのところ、残念ながら西洋医学は
正しい診断すら下せないことが多い」


ということです。


治療法を語る以前の問題と言えそうです。


治らないのも無理はありません。
(治らない “本質的な理由” も、別の機会に書きたいと思います)




S先生のクリニックを初めて訪れる患者さんは

まず例外無く、すでに病院に掛かっています。



病との付き合いも長くなって来て、

患者サイドも自分の病気について

結構詳しくなっていたりします。

それもあってか

「S先生からの問診」というより、

「患者の口から、S先生に聞いてもらいたい

あれやこれやが

ドーッと溢れ出てくる。」

そんなケースも多いです。




病状が深刻な患者であればあるほど

最短で結果を出すケースが多いのは、

「いろいろ試したけれどダメだった」

つまり

「もうこれしかない」

という真剣な思いで取り組むからだと思います。




S先生を少々うんざりさせても

症状食習慣などの情報

正直積極的伝えることは

とても大切だと思います。



治す手助けをしたいと必死である相手に

嗜好品食習慣について正直に告げることは

信頼の基礎となります。

自分から質問をどんどん投げ掛け、

食養生についての具体的なアドバイスなども

できるだけ多く引き出すのが

賢いお付き合いの仕方です。




「昨日と今日で言われることが違ってたって気にしない」

くらいの度量の広さが大事です。

「私の口から出る言葉は
いつも100%の一貫性が保たれている!」

そんな人いますか?

言葉を介したコミュニケーションは

ミスコミュニケーションの名人です。

母国語が異なるときなど尚更(なおさら)です。

相手が自分が話す言語を話してくれることに

感謝することの方が先だと言えるでしょう。



発言に納得できなければ

質問をすればよいのです。

自分のすることを基本的に信頼している治療家は

患者から病気に関することを質問されて

怒ったりなどしません。

代わりに

とても実践的な言葉を返してくれます。

より良い結果を自分に引き寄せるには

お互いに仲良くなることが大切です。




「それはあなたの勝手な感覚でしょ?」

と思われるかもしれませんが、

患者から本音で有り難がられる治療家というのは

えてして多くの点で常識的ではないです。




治らないとされている病気を治せるわけですから

それだけで変わり者です。




その変わり者さ加減に

を見出そうとするのか

を見出そうとするのか・・・

それにより

あなたがあなた自身に引き寄せる結果が変わってきます。




医者とか病院とかを

“感情的になって” 批判するS先生を

私は15年間、

ただの1度も見たことはありません。



彼らに対して

S先生の方はいつも至って冷静です。



夫に対しても、

連れて行った友人ドクターたちにも

とても温かく接してくれます。



彼らにお世辞を言うこともなければ

治せない人達だと見下すこともなく

ただ、ただ、いつも通りなだけです。



「ドクターたちの心の中に

人道に反するものを感じるとき」

S先生は厳しい表情をすることはあります。

そういうドクターには

けっこう嫌味(いやみ)を言ったりもします。




治せない専門家は

日々の生活の中から

自己信頼感を育てることができません。

つまり

《本物の自信》

を育てることができずに日々を過ごしている

ということになります。

だから

治せる専門家に

嫉妬をしてしまうのかもしれません。

劣等感を抱いてしまうのかもしれません。




「気功クラスの先生と1人の生徒さんに “視えた” ものとは?」 で、

ジェラシー(嫉妬心)について触れました。

嫉妬の感情というものは、

“黒い煙” として

視覚的に認識され得るものだということを、

生まれて初めて知った日の出来事を

あのブログの中に綴りました。

そういった感情が

一方的なものであるだろうことも・・・。

「2人の人間がお互いに嫉妬し合う」


ということは普通はない、ということです。




冒頭のところで、

S先生から “直接” 学んで行くべき “主役”

「・・・西洋医学のお医者様・・・」

ではない方が良いと思うと書き、

「理由は後述します。」としました。

これについて、ここで触れたいと思います。




医師がS先生の《凄さ》を目の当たりにしたとき

《敬意を持って
本来あるべき医療を学び直し、
患者の健康回復を助けることのできる治療家として
生まれ変わりたい!》


という心境になるのではなく

《S先生の力を借りて
“他に類のない前代未聞の名医”
の名声を得たい!》


という方向に熱意が向けられるということが

《実際に起こり得る》

ということを、

つくづくと思い知らされた経験があります。




“治る医療”を学ぶ資格から

「ドクターをオミットするべきだ。」

と思っているわけではありません。

自分の意思で西洋医学の王道から外れ

患者に《治る医療》を施そうと

すでに努力を始められたようなドクターたちが

上記のような態度になることなどあり得ないことでしょう。




私は、ドクターにはドクター以外には決してできない

大事な大事なお役目があると思っています。



それは

実績ある治療家との連携プレーです。

握手

違った立場や知恵を持つ人間が

心を1つにして力を合わせれば

不可能も可能になります。

私はそう信じています。




《慢性疾患で苦しむ人にぜひ健康体を取り戻してもらおう》という

《同じ目標》

を持った者同士であれば、

助け合い、力を貸しあう仲間同士に

なれないわけがないと思うのです。




人生のテーマ

人それぞれであるはずです。

この世でのお役目の果たし方

みなが同じであるはずがありません。



大切なのは

人の役に立てている自分イメージしたとき

あなた自身がしあわせに感じられること・・・。



そんなことが

それほどまでに大切だと思うのは

他の人がどう思おうと

あなた自身があなたを嫌わないでいられること

あなたを好きでいられることが

あなたが自分を信頼してあげることのできる

たった一つの方法だと思うから・・・。



自分を信じてあげることのできる人は

本当は褒めるに値すると思っている相手のことを

嫉妬する代わりに

素直に褒めることが

きっとできると思うから・・・。



多くの人にはできない何らかの行(おこな)いを通じ

少なからぬ人々の役に立つことができている誰かのことを

素直に敬(うやま)うことのできる

人間同士であるならば、

きっと手を貸し合えると思います。

それぞれの持てるものを生かして

それらを育てて

未来に描く夢の一部を共有することは

そういう仲間たちの間では

けっして難しいことではないと思うのです。




治る治療法を習得した療法家たちによる

『この患者には今、
この処置だけを施してもらいたい。』


という申し出を素直に聞き入れ、

彼らが必要だと判断する処置に最善を尽くす・・・

そんな実践的な対応のできるドクターは

現代において最も尊敬に値するドクターとして

賞賛されるべきではないでしょうか。




根治療法に取り組む患者さんに

その過程で “外科的” なサポートの必要が生じるケース、

つまり、

麻酔が必要なほど大掛かりな手術が必要となるケースは、

そう多くないと感じてきました。



そこまで自分の身体を悪くしてから

根本療法に移行してくるケースが少ないからかもしれません。



そこまで身体の状態を悪くし過ぎない内

S先生に掛かる患者さんが殆どだ、ということです。



逆に言えば

そこまで悪くなってしまう患者さんは

もともと西洋医学信仰が非常に強固で、

矛盾に気づき始め

いろいろと疑問に感じるも

結局は病院で治療を受け続けることに

拘る気持ちが非常に強いのです。



西洋医学的処置を受け “すぎる” 前に

S先生の元に来る判断に至れば

たいていの場合は

病院との関わり合いをまったく必要とせずに

食養生etc. 自分自身がする努力に大いにサポートされて

さっさと完全な健康体を取り戻してしまいます。



途中、西洋医療的なサポートの必要が生じるケースに於いても、

“内科的”、つまり、点滴による栄養補給etc.

で足りてしまう場合がほとんどです。



権威主義的発想を捨て

《自分でこしらえた健康上の問題なんだから

その問題を取り除くことができるのも自分だけである》

そうした自己責任の発想に謙虚に向き合った患者さんは

とにかく根治が早いのです。



私自身、アトピー性皮膚炎の根治に時間を要したのも

被害者意識が心を捉えていて

自己責任で対処する心の強さを持つことから

長いこと逃げていたからだと思います。



もっと言えば

ある時期急に依存心が心に芽生え、

突如アトピー性皮膚炎が発症したとも言えます。



こうした状況

今生(こんじょう)に於ける人生のテーマとして

私自身が自分や自分の周りに

設定した以外に考えられません。



なぜなら

物事が起こるタイミング

起こる出来事の内容

舞台の上に登場する

オール・スター・キャストも、

私が自分自身のテーマに気付くことができ易いように

仕組まれていることに

気付かざるを得ないからです。

このことを疑う余地はありません。




話を、もっと現実的に聞こえることに戻します。

慢性疾患に関する限り

いわゆる《応急(救急)処置》以外の目的で

病院を頼ることは

現状では悲劇を招く可能性が

とても高いという現実があります。



それでも、

個人病院レベルで設備可能な範囲内の内科的措置

では間に合わないような、

外科的サポートが必要な事態を迎えた場合

私たちは一体どのように

最善の医療のみを受けることができるのでしょうか?

その方法について考えてみました。




これはとても不公平な話なのですが、

身内に医者がいる場合

免疫をやたらに低下させたり

酸化を促進させるような薬物投与

主治医に頼んで控えてもらうことが可能だということ・・・

それを私は、今日までに実感するに至りました。




「身体にベストな処置のみに留めてもらいたい」

といった異例の申し出

病院側は案外すんなりと

聞き入れてくれるということです。



そうした判断はかなり功を奏し

言われるがままの治療を受け入れる場合に比べ

ずっと良い結果をもたらすことも確信しています。




母が入院中、薬の過剰投与で生命力が極度に低下し

手先足先が氷のように冷え切っていたため

薬物投与を(量も種類も)最低限に減らしてもらいました。

主治医の先生はそうした珍しいはずの申し出を

快く受け入れてくれたのです。

お願いするときは、夫に同席してもらいました。

お陰さまで母の退院は早まり、

一時はどうなるかと案じた母が

その後、順調に調子を取り戻して行きました。



父のときはもっと過激なお願いをしました。

「西洋医学では治療法がない」

と明言されたのを機に、

漢方を飲ませたい」と申し出たのです。

大病院に入院中のことです。

主治医の先生は上司とも相談し、

嫌な顔一つせず、服用許可を出してくれました。

95歳になろうとしていたときに発病し、

緊急入院をした父でした。

「後に続く人のために

漢方処方の道が西洋医学にも

より広く開けるきっかけになれば。」と

漢方服用の意思を本人が示したことを伝えたのも

快諾を得られた理由の一つだったかもしれません。



母のときも父のときも

S先生のお陰で知り得た知識を

夫と共に主治医の先生に伝えました。

義母の件でも夫は病院に対して独自の見解を示し

それが義母の健康のプラスになって来たことは明らかです。




あなたの身内に医者がいなくても

健康や病気についてよく勉強していて、

自分には正しい情報知識がありますよ》

ということを主治医に示すことができれば、

最善の処置だけをしてもらうことが可能です



ごく最近聞いた知人の話から

そのことも実感しています。



つまり、

患者側が筋の通った説得力のある話を

ドクターにきちんと提示することができれば、

病院側は《でき得る最善の処置》のみに留めてくれるということです。



非常に紳士的

こちらの要求を聞き入れてくれるということです。

そのことを身を持って体験しました。



ドクターたちも決してロボットなどではなく、

血の通った人間だということです。

心あるドクターがちゃんといるということです。



あなたやあなたの大事な人が

病院で何らかの処置を必要とする際、

実績ある治療家と提携関係にあるドクター

もしもあなたと一緒に病院と関わってくれれば

どれほど大きな助けになるかしれません。


そして、そのような体験は

将来的にはあなた自身の中に

そうした交渉の力を育てて行くことを

大いに助けてくれることでしょう。




S先生のような治療家の知識・技術・経験、

そして何よりその《実績》に敬意を払い

【私(たち)は治せる療法家と
チームを組んでいます】


と看板を掲げるクリニックの誕生というのは、

《安心の治療環境で “治る医療” を実践する
まったく新しいタイプの健康施設の誕生》


ということを意味します。




私の思い描いている健康施設は

決して《病院のようなところ》ではありません。

少なくとも現状では

病院であれば《満たさなくてはならない条件》

というものがあり

どうしてもその基準に縛られてしまいます。

そうなれば、

本当に治る医療を患者に施すことは

現状ではどうしても不可能となってしまいます。




《本当に治せる治療家と連携しながら
 患者に起こった緊急の問題を解決する》


それは実現可能なことです。

不可能にしている悪弊を取り除くには、

それに代わる安心の医療施設が

稼働可能な状況を作ることの方が早道です。



きっと実現できると思います。

なぜなら

医療の実情を知って尚、

「そんな場所なんていらない!」

と考える人は、ほとんどいないだろうと思うからです。





こんな考えに共鳴してくれるドクターに

私は今、

心より出会いたいと思っています。

協力

もし、そのような協力体制が

      実績ある治療家たち

       と

     その実績を
素直に認めることができるドクターたち


との間に整えば

慢性医療の現状に画期的な前進がもたらされることは

火を見るより明らかです。




そのような未来に向けて

先導役を担って下さるドクターの存在は

あまりにも重要です。



“重責” なんていう言葉では表せないほど

《ストレスで命も落としかねない?》

(←大げさだと有難いのですが)

重い重いお役目となりそうです。



彼らは、王道路線を歩む

主流のドクターたちから、

無視されるに決まっています。

「そんなのへっちゃらだ!」

という精神の持ち主でないと

耐えられないはずです。

権威医療は両立しないということです。

医学界の権威というものは、

患者を治すことに献身している医師たちを

今日まで無視し続けて来ているのが実態らしく、

そのことを患者は肝に銘じるべきなのです。





治る医療を実践してくれる療法家に負けないほど

タフな魂の持ち主でなければ

先導役はとても務まらない大役だと思います。

パワフル


少し遠くても

たった一箇所でもそんなクリニックがどこかに誕生すれば

そこに足を運ぶという選択肢が出てきます。

遠くて困るという人が増えれば

そんな健康施設を増やせば良いのです。



ひとつうまく機能すれば

人は安心して応援することができます。

賛同するドクターだって

急増するに違いありません。

治せる治療家もますます必要になります。




タフでハッピーな療法家

タフでハッピーなドクターとの

最高のチームワークが稼働し始めれば、

医療の大革命だって

決して夢物語のままで終わることはないのではないでしょうか?




最後にひとこと・・・・

医療の専門家として

ドクターたちが真に治る医療ができていないことは

確かに修正されるべき問題ではあります。

ですが、

治る医療が人々に向けて開かれるかどうかは

実は、私たち市民の方の意識にかかっているのです。

市民の意識が変われば

医者や病院は変わらざるを得ないのです。




あなたは常日頃、

どんなことを信じ “たい”

と思って生きていますか?



あなたがそれを信じ “たい” と思っているのは

「信じ続けたら “幸せ” だからではなく、

信じることをやめるのが “恐い” から」


ではないでしょうか?



信じたい、と思って来たことを

この先も変わらず信じて行くことは

「自分を少しも変えずに済む。」

ということを意味します。

自分を変えなくて済む、ということは

「現状維持で良しとする。」

ということ。

つまり、一番 “楽ちん” です。

「信じたいことを手放さずに済んで
よかったね。おめでとう!」


そう言われて、あなたは

ほんとうにうれしく感じますか?



認めたくない生き方や価値観を

《認めない理由を探す》ことに

あなたの大切なエネルギーを費やすのは

とてももったいないことだと思います。



この感情をあなたが克服できるかということが

何にも増して重要なことだと思います。




坊主おじさまから

前回のブログにコメントをいただいたあと、

私はいつものお気に入りのサイトに行って

タロットカードを引きました。

「坊主おじさま、
ほんとうにありがとうございます m(_ _)m 」

そう思いつつ引いたカードには、

次のようなことが書かれていました。


邪気のない純真さとは、無欲で無害、
純粋な心を意味します。

年齢とは関係なく、
喜びと期待に満ちた心に存在します。

純粋であると同時に
しっかりとした信念を持っていれば、

大きな成功をつかむことができます。

逆に良し悪しの区別ができずにいると、

ときに不運につながることもあります。

純粋な人とは、自然に周りに共感し

尊敬のまなざしを
向けることができる人です。

直感に従い、自然に良い方向を
選ぶことができます。



《邪気のない純真さ》

という言葉で文章が始まっていて驚きました。

なぜなら

私の中の坊主おじさまのイメージ

まさにこの通りだったからです。

大きな成功とは、

ここでは

《治る医療革命》

ということになりそうです。

治る医療革命とは

《市民の意識革命》

を意味します。

それは

対等な関係の多くの仲間が集い

「ヤッター!!!」

笑顔喜び分かち合う・・・

そんなゴールビジョンに支えられて初めて

実現可能なものなのではないか・・・

そんな風に感じています。




無欲で無害で純粋な

そんな心を持っておられる坊主おじさまに

改めまして謹んで御礼と感謝を申し上げます。

ほんとうに

どうもありがとうございました。

そして、

私のブログを訪ねて来てくださった方々へ

心より感謝を申し上げます。

ありがとうございました

協力2

架け橋


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コメント

非公開コメント

ありがとうございます(^^)

私の質問に大変くわしく
ていねいに答えて下さり
本当にありがとうございました<(_ _)>

S先生の治療は、科学そのものだと
思いました。

つまり、この足ツボを押すと、
こういう症状の改善が見られる、
この漢方薬を処方すると、
この病気に有効だと
原因と結果を追求して
こられたのでしょうね。

こういったご経験を膨大に
積み重ねた結果、
治せる治療家になられたのかなと
推測いたしました。

もちろん、S先生ならではの
天才的な才能もおありなのでしょう(^^)

S先生は、現在もご健在ですか?
S先生は、アメリカにいらっしゃるのですか?

治せる治療家と医師とのコラボ
実現したら、本当にすばらしいですね!




私の質問に対し、懇切丁寧に
記事にして答えて下さったことに
心から感謝いたします。

本当にありがとうございました(^^)<(_ _)>