流れに身をゆだねれば人生のテーマがより鮮明になる



流れに任せる

ジョギング・お散歩・腹筋・ヨガetc.・・・

誰に強制されるでもなく

毎日こうしたエクササイズを

続けることはあなたは得意な方ですか?

もし得意なら

「すごいなー。」って思います。

自分ができないからです。


でも・・・

なぜか人生の一時期たった一度だけ

毎日続けられたエクササイズがあります。

歯磨きするのと同じ当たり前感覚で

夜寝る前にそれをやり通しました。



"それ" とは香功(シャンゴン)です。
(百聞は一見にしかず・・・気功クラス受講者全員が体験した超常現象)

実行したのは息子がお腹にいたときです。



プロセスを踏めば誰にだって簡単に

手に氣の玉ボールを作ることができる、

あのシンプル・エクササイズ・・・。

お腹に子供が来たことが分かったとき

香功を知っていました。

「ちょっとやってみようか。」

氣のエネルギーをお腹の子が感じ取ったとき

気持ち良く感じないはずがありません。



ベッドの脇で或る日突然

見慣れぬことを始めた母親を見て

娘がエキサイトしました。

「ママー、あたしもやる〜!」

彼女はピョーンと

ベッドに飛び乗りました。

二人の目の高さが同じになりました。




カラダに良いことを

毎日続けることのできる人は

結構いると思います。

でも私は

繰り返しますが

そういうことは苦手です。

娘もそうです。

何せまだ3歳(開始時は2歳半過ぎ)です。

地味〜な動きを延々と続けるような

ちょっと年寄りじみた(?)体操、

普通子供はすぐに飽きます。

でも、どういう訳だか

寝る前のシャンゴン・タイムを

彼女は首を長くして待っていました。

私がサボる訳には行きません。

娘が先に寝たときは

サボるチャンスのはずでしたが

なぜかサボりませんでした。



そんなこんなで過ごす内に

胎動を感じ始めました。

息子がお腹の中で動き始めました。

日中はそうでもないのに

夜、香功を始めると

まだ見ぬ子は私の中で大はしゃぎしを始めます。

エキサイトは

身体の内と外から二人がかりになりました。

母の私はますます止めるわけには

行かなくなりました。

自分の意思でやったというより

「やらされた。」

という感じでした。

やめるときも

「やめさせられた。」

という感じでした。

それは或る日突然打ち止めとなました。

肋骨(あばらぼね)にヒビ

が入ったからでした。



臨月に入る直前まで

つまり妊娠9ヶ月目まで

すごぶる元気に過ごしていました。

そして

私は突然風邪を引きました。

軽いアレルギー体質がまだ出ていた頃で

風邪をひくと

ごく軽い喘息調の咳が出ることがありました。


ところが・・・

このときの咳はありえぬほど強烈でした。

ベッドに横たわり

ゲンゲン咳をしました。

「もうすぐ臨月だし

葛根湯(漢方の風邪薬)

くらいは飲もうかな〜。」

と思いましたが

結局は飲みませんでした。

咳が出る

咳があんまり苦しくて

ベッドに横たえた身をよじりました。

そのまま

「ゲン!ゲン!!」

すると

二度目の「ゲン!!」のとき、

「ゲン!!」以外にもうひとつ、

別の鈍い音が混じりました。

「ボキッ!」

「肋骨が折れたみたい・・・」

そう思いました。

残念ながら正解でした。

すぐに胸に激痛が走りました。

奇声を上げたいほどの痛みなのに

声を出せば神経に触(さわ)るため

痛すぎて声を出すことは諦めざるをえません。

お陰で痛みは

ひとりで満喫することとなりました。

夫に助けられながら病院に行くと

折れたのではなく

「ヒビが入っていますね。」

とのことでした。

骨はとても丈夫なはずでしたが

自分がしたが原因で

骨折を初体験することになりました。




この出来事ゆえ

私は直後に予定していたことを

予定通りに行うことを

変更する決断をしました。

《職業的な専門家ではない

自由な立場で働くスタイル》

から知識や経験を得たり

それらを実践の場で生かすことに

強い肯定感を抱く

きっかけとなる出来事でした。

《骨を折ったことも "善なる理由” である》

と仮定したとき、

私や私の至近距離にいる存在たちの

それぞれの人生テーマに合うように

予定変更が強制的に為された

と解釈するのが最も矛盾がないことに

ハタと気づきました。



その後のあらゆる出来事も

有無を言わせぬ強力な流れが

寸分の狂いもない絶妙のタイミングで

自分や周りを飲み込むように起こり

それぞれの人生テーマを

もっとも効率よく学ぶことができるよう

状況設定が整えられて行った・・・

そう考えると

すべての辻褄が合い過ぎるほど合うのです。



人生のテーマは人それぞれです。

課題もお役目も

人の数だけ存在するのでしょう。

《魂は終わらない》

ことが前提の発想とはなりますが、

「物事はすべて

(究極的な意味において)

良い理由で起きる」

という物差し

あなたが生まれながらに有している

すべての条件

あなたの人生に起きる

すべての出来事に当て始めると

《不運・失敗・後悔》という概念

あなたの人生から消えて行きます。

この《物差し当て》を習慣にすると

出来事の点と点を線で結ぶ

ことが容易になリ始めます。

あなたに特有な

《あなたの人生のテーマ》

(魂の奥底で "学びたい" と欲している課題)

が見つかり易くなるかもしれません。

宇宙の大いなる《意図》は

その愛のスケールが大き過ぎて

小さな小さな私たちには

到底理解できるものではないと思います。

そこを理解するには

個々の物差しは

あまりに粗雑に出来ていることを

認めざるをえません。

それでも

何もかもが

ことごとく

良い理由で起きていると仮定すると

《今のあなた》が

なぜああいった環境に

ああいった条件を有して生まれ

なぜこういった人々が "かつて" あるいは "今” 身近にいて

なぜ "今までに" あんな出来事が起こり

なぜ "今” こんな状況に直面しているのか・・・

そこに《愛の理由を見出す》ことが

とても簡単になります。

誰の目から見ても過酷に見えることが

もしもあなたの人生にたくさんある(あった)のだとしたら

あなたは誰よりも勇敢な魂を持った人

・・・のひとりだと言えるかもしれません。


この物差し当ての習慣は

あなたの人生に

より多くのシンクロニシティー

を呼び寄せ始めることでしょう。




人生を傑作にしたいと思えば

流れを尊び

流れを信頼し

流れに身をゆだねてみるのは

一つの面白いやり方かもしれません。

《流れに身をゆだねる》ことは

人生を消極的に生きるということでは

決してありません。

それは

《自分の身に起こることに信頼を置く》

ということに他なりません。

《宇宙を動かしている法則に信頼を置く》

ことだと思います。

自分が学びたいと望んだテーマ

あなたのは着々と学ぶことができているのです。

経験・体験を重ねるたびに

私たちの心は揺り動かされます。

悲喜こもごもの感情のすべては

記憶として積み重ねられ、

その情感に彩りを添えたり、

深みを増したりするのを

手伝ってくれているのではないでしょうか・・・。

あなたは今

「僕って、私って、けっこう勇敢な魂をしていたんだ・・・。」

そう感じ始めていませんか?




あなたもあなた以外のすべての存在と同じように

《波動》

でできているからこそ

あなたの人生に引き寄せられるものは

好むと好まないとに関わらず

あなた自身が引き寄せている

ということにならざるを得ない・・・

それが宇宙の法則だと

私は思っています。

引き寄せ

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コメント

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こんばんは^^

目の前のできごとを
そのまま受け入れて
流れに乗ってみるというのは
大切なことだと思います。

恥ずかしながら
最近、そのことに
気がつきはじめました(^^)

Re: こんばんは^^

流れに乗ることを
私たちが選び続けると
ガイドさんたちも
「あなたを見守りやすくしてくれて
いつもありがとうね!」
と言ってくれている
ような気がするのです。
もちろん
「いつもいつも
ほんとうにありがとうございます。」は
私の方の思いなのですが・・・。

すばらしい周波数帯と
ご縁を結んだ体験のある
坊主おじさまのような方に
今日のようなコメントを
頂くことができ
とてもうれしいです。
ありがとうございましたm(_ _)m